孤独ってどういう事?

という話からだと思うんですよね。

孤独=ひとりぼっち

ひとりぼっち=孤立していること。

孤独とは、一人でいる事ではなく、孤立している事なのですが、一人でいる事を孤独と言い、過剰に煽ってはいませんかね?

他との関りが煩わしく、一人になりたい事って普通にある事だと思うんですよね。

ラーメンなんかは、一人で食べた方が気楽だし、それこそ自分のペースで食べるものだと思うのですが、それすら一人で食べに行くことを忌避する風潮があります。

むしろ、そちらの方が異常だと思うんですよね。

他者との共感を得るため、複数人で行動する事がありますが、それはそれでありですよ。だからと言って、一人で行動する事も、内容によっては必然にも関わらず、昨今は、これを否定してしまいます。

むしろ、孤独の定義が誤った方向に向かった事で、おかしな話になっているような?

孤立って、当然一人じゃできないんですよね。

群れがあって、それに属しているからこそ孤立するわけですが、孤独=一人とい解釈をするから、本当は孤独な人が自分はそうじゃないと思ってしまい、ただ、実際は孤立しているので、孤立状態を嫌い、誰かと群れたがっているのが今で、そういった行動が、孤独を怖がっていると捉えられているのではないのでしょうか。

反対に、一人でいる事が好きな人は別に孤立しているわけでは無く、単に、一人でいるのが好きだったりするのですが、それを前述の実質的孤立状態の人が、揶揄する或いは、仲間に引き込むために、一人でいる事は孤独だから良くないよと煽っているのかと。

その結果、一人でいる事を好む人が、不安を感じ、無理やり大勢で居ようした挙句、軋轢を生んでいる面もあるのではないのでしょうか。

孤立とは、助けが得られず独り切り離された状態にあること。

孤独とは、助けが得られず独り切り離された状態にあること。と言い換える事が出来るわけですが、言ってしまえば、他者から精神的、物理的に助けが得られる関係が築けているのであれば、それは孤独ではないという事で、一人でいる時間が長くても単に嗜好の問題と言えるのではないのでしょうかね?

常時一緒に居ないと、それが得られないのであれば、むしろそちらの方が孤独に近い状態なのではないのでしょうか。

スマホの電源を切ってみれば良いんですよ。

それで不安を覚えないのであれば、孤独じゃないって事ですよ。

リアルのコミュニケーションがその人なりに充実しているから、不安を覚えないのかと。逆に不安を覚えてしまうのでは、私生活のコミュニケーションが不足しているからなのでは?

常時誰かと連絡を取り、自分が一人じゃない事を認識しないと、不安で仕方がない状態って、実質的に孤立している状態なのではないのでしょうかね。

そういう意味では、孤独=悪い事なのかも知れませんよ。

ただ、むしろ孤独の意味を取り違え、自分が孤独じゃないと思い込んでしまっている事こそが悪い事なのではないのでしょうかね。

気が付かないから、自分の問題点が見いだせない。

自分の問題点が見いだせなければ、それを不快と感じた人から疎遠になっていき、最終的には、名実ともに孤独になってしまうのかと。

一人でいる事と孤独は別です。

前者嗜好ですが、後者は?という話です。

友達が沢山いるはずなのに、孤独感を感じてしまうのは、群れる事が常態化して自分が置かれている本当の状態に気が付いていないからなのではないのでしょうかね。

文中にもありますが、この手の人が増えていて、群れから弾かれたくないから、同調し、属していると思っている群れが進む方向に矛先を向けてしまうのではないのでしょうかね。

一人でいる事は悪くはないですよ。

ただ、孤独とは、一人でいる事ではなく、孤立している事です。

誰の助けも得られない孤立状態が良いわけないですよね。

一人でいる事=孤独という誤った認識が、問題の本質に辿り着けない阻害要因になっているのではないのでしょうかね。

或いは、真の孤独な人へ、救いの声が届かないのかと。

■「ひとり」=寂しいなんて誰が決めた? 孤独が怖くて仕方ない人たちへ【DJあおい】

(ウートピ - 08月17日 21:02)